第二章
『家に戻る』4話




 近づけば近づくほど、大きさが実感できた。広大な庭にふさわしい、贅をこらした屋敷だ。
 玄関にたどり着くと、楕円形の広い踊り場が設けられていて、三段ほどの階段があった。
 ドアを見上げる形になる。
 大きな玄関は両開きで、上部を乳濁色のステンド・グラスがはめ込まれていた。
 中央部の左右対称に掘られた、マルや三角の幾科学模様の、ステンドグラスはゆるやかで、アール・デコ様式のよう。
「遅い。私たちが到着したの、知っているはずなのに・・。」
 と、ボソッと口にするのと同時に、屋敷の玄関が、重たげにゆっくりと開く。
「お帰りなさいませ。」
 と、中から息を切らせたメイド姿の若い女性が、二人姿を現したので、美咲は口をアングリ開けてしまった。
 彼女達は、お手伝いさんとは違う雰囲気を、もっていた。
 紺色のワンピースに、白いエプロンをつけ、頭には余計な髪の毛が屋敷内に落ちないための、髪留めで、髪の毛を押さえてある。
 あどけないくらいに可愛らしい女の子達だった。
(この子たち・・何なの?まるで、ドラマみたい・・。)
 あまりにも世界が違う。
 と、思わずうなり声を上げる美咲に、横に立っていた母親が、
「お前たち。なぜ、ドアを開けて待っていない!。
 私達が、ここに到着する時間ぐらい、分かるでしょう。田沢は?」
 と、鋭い口調で言いきるのだ。
 彼女達はハッと顔を見合せ、一人があわてて屋敷内に入っていった。おそらく、田沢という人を、探しに行ったのだろう。
 残されたもう一人の方は、みるみる動揺しだして、あわてて頭を下げた。
「申し訳ありません。」
 と、謝るメイドに、母親は見向きをしない。
 ほどなくして、田沢らしい。年配の、グレーのワンピースに白のエプロンを身にまとった女性が、先ほど姿を消したメイドを伴って現れた。
「この子達の教育係は誰が受け持っているのです。
 出迎えが全くなっていないのどういうこと?。
 もし、ゲストがいらした時に、こんな調子だったら、河田の顔が丸つぶれでしょうに。」
 と、開口一番、鋭い視線のままの母親が問いかけると、田沢も首をかしげた。
「そうでございましたか。
 教育係は、井上だったと思いますが、奥様のお出迎えに、こんな子達をよこしていたなんて・・・申し訳ありませんでした。
 たしか、まだ仕事を始めて一週間もたたなかったように思うのですけれど、おかしゅうございますねえ。」
 と、動じるわけでもなく説明する。
 母親は、チラッと彼女達を、見下ろし
「出迎える者は、正門を通った人を確認しだい、玄関の扉を開けて待っているように。
 ちゃんと覚えてこなすように。」
 と、母親は冷たく言い放った。
「は・・、い。」
 小さくなって彼女達が頭を下げる横を、母親は見向きもせずに通りすぎ、
「田尻。用意の方はできていて?
 凉が大変な思いをして、やっと家に帰ってこれたんだから、居心地の悪い気分にはさせたくないのだけれど。」
 と、用事があるのは田尻のみ。とばかりに、彼女に問いかける母親に、田尻は、深く礼をし、
「もちろん、用意はできております。お帰りになって、お疲れになっていれば、すぐにもお風呂でお体をほぐされるように、手配しておりますし・・。
 あっ凉様。お帰りなさいませ。挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。本当に、お体が回復されて、ようございましたねえ。」
 と、母親の後を追いながら、クルッと向きを変えて、後に続く凉に向かって話かけてくるのである。
「え?あぁ。は・・い。」
 と、突然話かけられたものだから、しどろもどろになる美咲に、母親がチラッと後ろを振り返って
「記憶をなくしているのよ、この子。
 ・・・そうね、田尻には言っておかなければならなかったわね。事故の後、生還したのはいいけれど、一時は全身麻痺状態で、見ていられなかったものよ。
 リハビリで、ここまで回復したのはいいけれど、足がこの通り、まだ不自由なのは、見てわかるわよね。
 体はこの通りなんだけれど、頭の方がやっかいだわ。
 本当に何もかも忘れているようで、これでは勉強の方もどうなってしまうかと思うと、頭痛までしてくるから、困ったものよ。
 そこの所、他の者にもややこしいことにならないように、言っておいて頂戴。」
 と、言い放つのである。




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