第四章
『失くした鍵』第8話
・・・・・・気がつくと、白い天井が見えた。
暗い闇から、いきなり光差し込む昼の世界に、飛び込んだような気分だった。
さまざまな波形を刻む機械に囲まれ、一瞬美咲は時間が戻ったかのような錯覚を覚えた。
けれど、違う。
美咲にはしっかり、河田家ですごした時間を覚えていた。
目を覚ました河田凉に気付いた医師達が、慌ててやってくる。
凉の記憶に翻弄され、この体に戻ってこれた後の割に、体はすんなり動くし、言葉もスラスラ出てくる。
医師達が行う検査を、他人事のように見つめながら、美咲は涙がとめどなく流れるのを、どうしようもなかった。
(ボタンの掛け間違いだわ・・。)
一所懸命生きてきたのに・・・。
幸せを求め、懸命に生きてきた彼らは、ちょっとしたすれ違いがもとで、暗い未来を引き寄せてしまった。
幸せへの鍵は、すぐそばに落ちていた。彼は鍵を手にしたのに、気づかなかった。そして・・・。
(鍵を失くしてしまったんだ・・。)
自分を壊してしまった凉に、失くした鍵は戻ることはない。
「・・・・みー。」
戸惑いがちに、そっと語りかけてくる耕太郎の声。
目をつむっていた美咲は、頭をあげる。
彼がそばの椅子に腰かけているのに気づくと、力ない笑みを受けてうなずいた。
日はすでに落ちている。明るい照明の下、部屋はシンと静まり返っていて、誰もいなかった。
「・・・凉は、戻らなかったわ。私のままよ。」
救いを求めるように、美咲は手を上げる。耕太郎は、その意志を感じ取ったようで、手を握ってくれた。
家族を、河田凉に殺された耕太郎・・・。
どんなに彼を憎かっただろう。恨んだだろう。
すべてを知った美咲は、言葉も出なかった。
「ごめんね・・・。辛い話をさせちゃって・・。」
「何を言っているんだ。俺は何も話していないぞ。話す前に、ミーが発作を起こしたんじゃないか。」
不思議に問う声色。
「あぁ。そうか・・・。そうだった・・。」
自嘲気味につぶやく美咲に、彼は首をかしげた。
「何か分かったのか?」
と、耕太郎の問いかけに、美咲は首を振った。
とてもじゃないが、耕太郎に美咲が見てきた凉の記憶=映像を、言うことができない。
(裕子さん。ごめんなさい・・・あなたが眠る場所を、私。言う事ができない・・。)
コッソリ心の中で、彼女に謝った。
何も言わない事は、一人で土の中で眠る彼女の冥福を考えると、いけない事のはずだった。それを分かって、美咲は行動に移せなかった。
凉は、耕太郎に母の死までは、告白していなかったから。
だから。
(何もできない・・・。)
美咲は自分で自分を責めた。
言えば、耕太郎に母の死を突きつける事になってしまうから。
今以上に彼が傷付く姿を見たくなかった。
そして、今の美咲には、凉の犯した罪の問題までを、解決に導く能力は、とてもじゃないが持っていないのだ。
恐怖が先に立った。言葉に出なかった。
その上・・・。
「私、約束を破ってしまったから・・。」
美咲の言葉に、耕太郎は眉をひそめた。少しかぶりを振って、
「約束は二つあったんだろう?二つとも破ったのか?」
と、だいぶ前に言った言葉を、覚えていたらしい。そう語りかけてくるので、思わず首を振る。
「えぇ破っていないわ。・・いえ、そういうのじゃなくて。」
美咲は答えて目をつむる。言葉にするのがとても難しい。
二つの約束をして、入れ替わる儀式を行った。
一つは破ったものの、まだもう一つ残っているので、大事に至らないだろう。とは思っていはいた。
命まで取られることはないだろうと。
けれど、美咲にはよくわからないなりに、何かの法則によってなりたっているようにも思えるこの契約は、均衡を欠いた途端、状態が変わる危険性くらいは、感じてはいたのだ。
医師達の診断の結果は、美咲を戸惑わせるには十分の結果で・・・。
「・・・私、ピンピンしているの。何ともないのよ。」
言った途端。
スーと意識を遠のくような心地がして、力が抜けた。
途端、眼下に広がったイメージ。
まるで爆弾の点火スイッチが押されたような・・・デジタルな数字が浮かび上がった
カウントダウンが始まったのだ。
『10』
・・・・と。
事態は甘くはなかった。
美咲は、ボー然となりながらも、それを実感する。
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