5話



 私、その時からあなたに、心を奪われてしまっていたのよ。
 そんな事、思いもしなかったでしょ。
 あなたは私に綺麗だといってくれた。髪の毛を褒めただけの事だけど、とても嬉しかったんだよ。
 同じ年頃の子達と、遊ぶことがなかったせいかもしれないね。
 突然現れた少年は、あまりに眩しかった。
 小麦色に焼けた肌も。どこまでもまっすぐな視線も。
 キラキラと輝く瞳も・・。
 きっと、友達はたくさんいるんだろう。外で思いっきり走り回って、大人達に疎まれ、親にも見放された視線なんて、受けた事なんてないはずだ。
「8才?・・嘘!同い年?」
 私が自分の年齢を言った時の、アキの顔ったらなかったわ。
 キラキラ瞳が、まん丸に見開かれて、ただでさえ印象的な瞳が顔中に広がったように思えたほどよ。
 そこまで言えばオーバーだけれど、後から思い返したアキの顔のイメージが、そんな感じに残っているから不思議よね。
 私の姿形が、とても同い年には見えなかったから?。
 心臓が悪かったから、成長も遅かったから・・身長も体重も、他の子達ほど、伸びなかったのは確か。主治医のお医者様が言ってらしたもの。
 この子は手術しないかぎり、成長も遅いし、知能の遅滞もみられる可能性もある。・・だって。
 着物を着るのは、バタバタと走りにくくするため。
 小さな頃の私は、体が悪いくせに、動き回ってよく発作を起こしたらしいの。だから、お母さんとお手伝いさん達が、頭をひねってだした結論がこれ。
 着物は、足にも布を巻きつけるために、走りまわりにくくなる構造を利用して、とっても綺麗な図柄や、かわいい図柄をわざと私に選ばせた。
 着物を着て生活すると、同時にしつけもしやすい。ゆったりとした仕草で、動くように言いつけられて、それは成功したみたい。
 着物をきた私は、間違いなく庭の中を走り回って泥んこになる事はなかったし、木登りなんて出来ない話だった。
 私にある一日は、家庭教師との個別のお勉強や習い事と、お昼寝と食事で夜を迎えるの繰り返し。
「私・・・体弱かったから・・成長が遅いのよ。」
 私の言葉に、彼はまるで自分がそうなったかのように、傷付いた顔をする。
 その表情にも、私は心を打たれた。
 私の事を、そんな風にみてくれる同世代の友達がいなかったから。
 大人達だって、私を見る時は同情のこもった視線を隠しもしないし、最近のお母さなんかは、私を見るのも嫌になってきているのか、同じ屋敷に住んで、一回も顔を合わせることもない時もあった。
「でも、もう少ししたら、手術して普通の体になれるから。」
 そう答えると、アキは見る間にホッとした顔をしたものね。
「いつ手術するの?」
「ちょうど、一か月くらい後かな?」
「じゃあ、手術をしたら一緒に遊べる?近所にとってもいい遊び場を見つけたんだ。」
「もちろん遊べるわ。きっとよ。・・・手術が終わって動けるようになったら、誘ってね。」
「分かった。」
 アキがそう返事した瞬間、
「アキヒコォー。」
 と塀越しに声がかかって二人してハッとなったね。
 さっきからザワザワと人の声がしているな?とは思っていたけれど、アキの友達が外にいたんだ。って、その時は単純にそう思った。
 それはその通りで、
「わりぃー!今行くから。」
 今まで交わしていた声色とは全く違う大声で返答したアキは、クルリと私に向きなおると、
「また来るから・・。じゃあ・・。」
 と、一言言い置いて、あっという間に去って行った。
 スルスルーと、庭の間を軽やかに走って、去ってゆく後ろ姿に、陽の光が差し込んで、一瞬めまいがしたほどだった。
(お日さまそのものみたいな男の子・・・。)
 それから私は、手術をする理由を見つける事が出来たので、進んで検査やら、診察やらを嫌がらずに受けるようになれた。
 あの、お日さまのような子と、一緒に遊びたい。
 そう思ったから・・・。
 早く手術を受けたいとまで、先生に言った・・。