第二章
『家に戻る』11話





 ハタと気づいた時には、美咲は自分のベットに横たわっていたのに、ガックリくるのだった。
(失敗してしまった・・・。これじゃあ、凉の母親はもう、耕太郎の件では話すらしてくれないわ・・。)
 意識が朦朧としてから、意識が戻った時には元の部屋に横になっているということは、その間気でも失っていたのだろうか。
 気が付いていてもぼんやりとする気分で、美咲はそう見当をつける。
 同時にあの後、美咲の言い分はすべて認められなかったということだと、考えてもいいはずだった。
 けれど、美咲の中では、モヤモヤする意識の先に、とても大事な一シーンがあったように思えてならない。
(それはなんなんだろう・・・。)
 思うものの、それがなんなのか、形になって美咲の前に現れてくれない。
 ベットに横たわっているのに、視界がグラグラして気分も悪かった。
「凉様?気が付きました?」
 ほのかに明るい照明の中で、ソッと話しかけてくる水無月の声がする。
 ずっと付き添ってくれていたようだ。
「はい・・。」
 美咲は返事し、声がした方に顔を向けると、心配げに榛を見守る水無月の瞳とぶち当たった。彼女は『心配ないわよ』とばかりに、大きくうなずくと後ろを振り返り、
「凉様が目を覚ましました。」
 と背後にいるらしい従業員に向かって語りかけてゆくのだった。
「目を覚ましたらすぐに、奥様に知らせるように言われていたので・・・。」
 と、美咲の方に向き直り、言い訳するかのように、説明を加えてくる。
(そうなんだ・・。)
 心の中でつぶやく美咲は、気分が悪いので、それ以上何も考えられない。
 しばらくして、凉の母親が姿を現した。
 彼女は、部屋の出入り口で立ち止まったままで、中に入ってこない。
 ひどくこわばらせた表情で、チラッと凉の顔を確認するが、すぐにも視線を外してしまう。
 そして、水無月や田中を目配せのみで退出させた。
 二人きりになってから、やっと部屋の中に入ってきたものの、凉からは離れた場所に立つ。彼女の表情は変わらず、部屋の中にはぎこちない雰囲気が漂った。
(この人、どうしたんだろう・・・。)
 ものすごい違和感を感じた。
 今までの母親は、無表情に見えて、彼女らしい心遣いが見えたのだ。
 それがなくなっていた。今の彼女にある瞳の色は、警戒心一色に染まってしまった鋭い瞳のみだ。
 ひょっとしなくても、美咲の意識が朦朧となっている時に、何かあったのかもしれない。
(とても、イヤな感じ・・・。)
 第六感ともいうべきものが、美咲の頭の中で警告音を発してくる。
 戸惑う美咲に、暗い顔でやっと口を開いた母親が、
「凉。いえ、田中美咲さん。さっきのあなたの条件を飲みましょう。代わりに、“あの件”は外に漏らさないでもらえるかしら・・・。」
 といったのである。
 一瞬、美咲は自分の耳を疑った。
(何?・・・凉のお母さん。今、美咲さんって言った?)
 口をポカンと開けて、あっけにとられる美咲に、母親は、眉をひそめて
「さっきあなた、自分から言ってきたことじゃない。忘れたの?」
 と言い募ってくるのだ。美咲は圧倒された形になって、
「・・あの・・その・・はあ・・。」
 と、返事にならないうめき声を発する美咲に、彼女は『OK』の返事と受け取ったらしい。冷たい表情で見返し、
「じゃあ、そういう事で、美咲さん。あの件は、他言のないように・・交換条件として、耕太郎を榛が住む所と同じ階に住まわせましょう。
 あなた、あくまで外見が凉なのを、忘れないで頂戴・・・凉の記憶が戻った時に、環境が変わっていたら、不都合な事が多すぎるから。
 妙なことにならないように、頼むわよ。」
 と、一気にまくしたてるのを聞きながら、いよいよ美咲の記憶が及ばない所で、何かが起こってしまったのを、理解するのだった。
 なによりも、彼女が言った事によって、美咲の頭の中の記憶のある部分が目を覚ます。
 朦朧となってしまった意識のままで、必死になって、凉の母親相手に、話をしている1シーンを・・・。
 けれど、まるで無声映画のように、はっきりしないのだ。なんの話をしていたのか、思い出せない。
 ただ、美咲の心の中は、耕太郎を何とかしてあの納屋から出してあげたい。の一心で、なりふり構わず話をしていた気持ちだけは、思い出せた。
 耕太郎の納屋の中で、視界が赤くなってから、気を失っていたわけではなかったのだ。
(その時、凉の中にいるのが、田中美咲だって、言ってしまっているんだ・・。)
 話の内容までは思い出せなくても、母親自身が知ってしまっているので、おそらくそのはずだった。
 そして、美咲は何かを交換条件にして、耕太郎を納屋から出す事に成功し、同時に、母親との偽りの親子関係にも、終止符を打たれたことにも、気が付くのだった。
(耕太郎のことは良かったんだけれど、私一体、何を言ったんだろう・・。)
 訳が分らず周囲の環境が変わっているのは、とても気持ちの悪いものだった。
 気持ちだけではない。体も調子が悪くて、美咲は考える所ではない状態なのも、間が悪かった。
 彼女は言うだけ言うと、サッときびすを返して部屋を出て行ってしまう。
 去っていった後ろ姿を、目に焼きつけながらも、美咲は
『凉が記憶を戻した時に、環境が変わっていたら、不都合な事が多すぎるから。妙なことにならないように、頼むわよ。』と言ったせりふを思い出す。
(凉が死んでしまったことは、言ってなかったんだ・・。
 それだけは救い・・・)
 と、思うのだった。
 それにしても、耕太郎の問題が解決されたのはよかったが、妙な力?を使った代償は大きかったようだ。
 ひどい眩暈と倦怠感に悩まされて、ベットの中でうずくまる。
 凉の母親が出て行った後は、もう誰も部屋の中に入ってこない。
 時計を見ると、何と午前3時を表わしていた。
(私が気が付くまで、水無月さんや、メイドさんや、お母様まで待っていたんだ・・・。)
 美咲は心の中でつぶやいた時が、体力の限界だった。
 今度は耕太郎の納屋で起こった現象・・視界が赤く変化するのではなく、深い眠りに引き込まれる感覚に、美咲は耐えきれなくなって、身をゆだねていったのだった。




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