第二章
『家に戻る』第16話






(急に、なぜそんな質問をしてくるの?)
 涙が出ている状態で戸惑う美咲に構わず、彼は真剣なまなざしを崩さない。
「前から不思議には思っていたんだ。・・・お前は一体何者なんだろうって・・・。 けれど、突き詰めても結局、どうする事も出来ない状態だし・・・そもそもミーは、男じゃないだろう?」
 淡々と語りかけてくる耕太郎に、美咲はひっくり返りそうになる。
 のんびり母への思慕に浸っている所ではない。嗚咽がそこで、とまってしまったほどだ。
「・・・・なぜわかったの?」
 と、狼狽する美咲に、彼はフッと肩で息をすると、
「マジで?やっぱそうだったんだ。
 何となくそう思ったから、言ってみただけなんだけれどな。」
 と言ってこられて、それこそ美咲は絶句してしまった。
「何となく・・そう思ったって・・。」
「で、本名。・・・隠さないと、とても困る人物なのか?たとえば人を何人も殺している殺人犯だとか・・。」
 スーと、目を細めて冷たい目付きになる耕太郎に、美咲はあわてて
「別に隠してたわけじゃない。説明しても信じてもらえないだろうから、言わなかっただけ。」
 と答えた。そして、耕太郎に男じゃないと見破られてから、男言葉で喋る必要がないと思い、自分の言葉で話し始めようとする。
 けれど、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている状態では、話辛いので
「ちょっと、ティッシュを持ってきてくれる?」
 と頼むと、彼はすぐさまローテーブルの上に置いてあるティッシュの箱から何枚か取り出し、美咲に渡してくれた。
 美咲は鼻をかみ、涙を拭いてから、気持ちを落ち着かせ、なんとかごまかせないかと耕太郎を見上げてみる。
 しかし、微動だにせずに美咲の言葉を待つ彼の表情をみて、美咲は変に嘘をついたほうが、事態がややこしくなると思ったのだった。
(こーたろーなら、分かってくれるかもしれない・・。)
 と、思ったのも事実。
 美咲と凉が入れ替わった状態を、一人で抱え込んでいるのも、正直気持ち的に重いのもあったのだ。
「・・・じゃあ、言うね。耕太郎の言うように、私は男じゃないわ。見た目が男なので、男のフリをしていたんだけれど、ムリがあったんだ。
 ・・・私の名前は、田中美咲。凉は事故をおこしたでしょ?
 実は私、その車に轢かれた被害者なの。
 ・・・気が付いた時には、心肺停止状態だった私はそう・・・幽体離脱をしていたみたいだった。
 この世界とはまた違う“場”の様な所で、自分の体を見降ろしていたわ。
 その場に、なぜだか分らないけれど、河田凉という男の子も側にいたの。
 彼もなぜ自分がそこにいるのか分らないようだった。
 その彼が、交替しようともちかけてきたの。
 君の体はもう元に戻りそうにないだろうから、替われるものなら、替わろうか?って。
 私はOKしたわ。」
 美咲はそこまで言って、つばを飲み込み、再び口を開いた。
「彼とは二つの約束をしたの。そして、交替の儀式みたいなのを行い・・・。
 契約は成立したわ。
 凉は、事故で亡くなる運命だった私の代わりに、昇天していった。
 一方、私は凉の体の中に入り込んで、こうなってしまっている訳。」
 言い終えた美咲に、耕太郎は瞳をまんまるにしたまま、ジッとしていた。彼は、話の内容が理解できないらしい。
「・・・何を言ってるんだ?そこまでいくと、ウソだとバレバレだぞ。
 同じつくなら、もっとマシな嘘をつけよ。」
 眉をひそめて言ってくるのを、美咲はムキになって、
「聞いてきたからちゃんと言ったのに、その言い草は何よ!
 信じなくてもいいわ。でもその信じられない事が事実なんだから。
 そうやって、ありえなさすぎる話だから、あえて口に出さなかったんじゃない。」
 と、言いつのってゆくと、彼はじっと考え込んで、黙りこんでしまった。
 チラッと美咲を見つめて、本人の強い視線にぶち当たり、ため息をつく。
「・・・信じられない。そんな事が起こるなんて。でも、それが事実だとしたら、何てことだ・・・マジで本当の話なのか?」
 頭を抱えてうめく彼の側までくると、美咲は耕太郎の頭をさすり、
「本当なの・・・。なぜそんな事ができたのか、私にもわからない。けれど、こうして凉の体を借りた私がいるわけだし、凉はもうここにはいない。」
「あいつ・・・最期の最期で、懺悔したってわけか。」
(懺悔ってどういう意味?)
 聞きたくなったものの、『凉の過去を詮索しない』という約束事に、またしてもぶち当たってくる。
(私、なんて約束をしてしまったんだろう・・。こんなにやりにくい事になるなんて、思いもしなかった。)
「お母さんに逢いたくないか?」
 ふいに聞いてくる耕太郎に、美咲は首を横に振った。
「外見は、田中美咲をひいた本人なんだよ。遺族を逆なでするだけだと思う。」
(それに万が一でも、私が生きているって事を、お母さんが理解したとしても、こんな私がいたって・・・・。)
 奈落の底に落ちてゆきそうになる思いを、美咲は跳ね除けるようにして、首をブンブン振ったのだった。
「家族が元気でいるかどうかくらい、知りたくはないか?」
 いつもの彼らしくない、極めて優しい声色で言ってくる耕太郎の言葉に、美咲は、首を横に振りながらも
「いつかね・・・陰で確かめてみるだけだったらいいかも・・。」
 と、ささやいたのだった。







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