第三章
『学校へ』第5話





 こうゆう時、里奈の無愛想加減がちょうどやりやすい。
 車椅子はどんどん耕太郎から離れて行き、美咲が言った通り、大観覧車の前まできて、里奈がポツッとつぶやく。
「大観覧車って回っているでしょ?車椅子から降りて乗ることできるの?」
 その言葉に、暗い気持ちでいた美咲は思わず彼女を仰ぎ見た。
 そして常時回転している大観覧車を見つめ、
「・・・そうだね。ちょっと無理かもしれない・・・。」
 と恐る恐る答えた美咲に、里奈がクスッと笑うのである。
(笑った?)
 いきなりの予想外の彼女の反応に目を見開く美咲に、里奈が
「私だって笑う時ぐらいあるわよ。河田君。二人に気を使って疲れたんじゃない?遊園地に来たからって、アトラクションに乗る必要はないわ。お茶でもしない?」
 と、聞いてくるのを、それこそ口をアングリ開けてしまう。
 そんな美咲を見て里奈は、傷ついたような、寂しそうな笑みを浮かべ、
「ホントに記憶がないんだね。」
 と、小さくつぶやいてから
「どうする?それとも何か乗れる乗り物さがしてみる?」
 と、たたみかけるようにして聞いてくる里奈の様子は、口がよく回る。学校での、いつもの彼女とは違いすぎだ。
「あっあぁ。お茶にしようか。」
 と、答えた瞬間、車椅子はずばやく近くにあるコーヒーショップに、向かってゆくのだった。
 里奈はさっさと美咲にも何を買うか聞き出し、コーヒー二つとポテトを買ってくると、オープンテラスの形になっているテーブルにつく。
「河田君、綾香に気を遣いすぎていない?」
 テーブルにひじをつき、彼女はいきなりこんな事を言ってくるのだ。
 コーヒーに口をつけていた美咲は、吹き出しそうになる。何とか熱いコーヒーを飲みほし、
「・・・なぜ、そんなこと言うんだい?気を遣いすぎてる・・・かなあ。確かに彼女、こーたろーの事好きだから、応援してほしいって言われたけど・・。」
 綾香の気持ちは里奈も知っているはずだった。美咲が言うと、彼女は鼻であしらい
「私はわざわざこんな風にセッティングしなくっても、あの子はもう一人の河田君をものにしていたわよ。まあそんなことはいいわ。
 私の態度を見ていると、何となくわかるでしょ。綾香みたいな子、実は嫌いなの。クラス替えして一緒のグループになったから、仕方なしにいるけど・・。
 いい子ぶって、私が主人公よ。っていうオーラ丸出しの、浅はかなバカな女・・。」
 里奈の言葉は同性だけあって鮮烈だ。そして、鮮烈な分、そこの所は彼女らしかった。
「・・・・。」
 美咲が返事できないでいると、彼女はまたフッと笑い、
「河田くんは男の子だから、わからないわよね。・・・二人っきりで話すついでに言うわ。こんなシーン滅多にないから・・。
 実は記憶を失う前の河田君と、私。事故る前は、つき合っていたのよ。」
「???」
(何?・・・・事故る前は付き合っていた??
 えぇ〜!付き合っていたア〜!!)
 ・・・・彼女が言った事の意味が、頭に入ってくるには、少し時間がかかってきてしまった。
 学校での里奈のそぶりから、二人が付き合っていたなんて、一つも感じなかったから、にわかに信じられなかったのだ。
 それは本当の事だったのだろうか。
 嘘を付いているにしては、彼女の瞳は強すぎる
 凉が記憶喪失にならなければ、今も交際は続いていたはずだった。と、彼女は言いたいのだろうか。
(私は凉じゃないから、付き合えないよ〜。)
「・・・。」
 またもや絶句して目をまん丸に見開く美咲に、里奈はなぜだか自嘲気味に口をゆがめ
「付き合っているのを、クラスには秘密にしとかなきゃいけなかったの。
 河田くんに言われていたから、誰にも言えなかった。でも、記憶がなくなっても、本人にはこの事言ってもいいわよね。
 記憶がなくなってしまうなんてずるいわ。
 ほんのちょっとでも覚えていないの?」
 切実な瞳で訴えられて、美咲は思わず後ろずさる。その動作で、相手の言いたい事を察した彼女は肩を落とした。
「・・・だよね。・・けれど、今の河田君を見ていたら、幸せそうだもの。
 苦しい過去をすべて捨て去って、自由になれたんだ。って思う。
 性格まですっかり変わってしまっているのはびっくりだけど・・でもよかったと思うわ。これは私個人の意見だけど・・。」
「苦しい過去?」
(里奈も何か知っているんだ!)
「それってどんななの?」
 思わず身を乗り出して聞いてしまった美咲に、彼女は首を横に振った。
「そこまでは語ってくれなかったわ。
 でも、なんとなく分かるもの。一緒にいると、河田くんが苦しんでいるのを。
 私、あなたの・・いえ、記憶をなくす以前の河田君の苦しみを分かち合いたかった。
 なぜ、そんなに自分を虐めるようなことばかりするのか・・。
 私といたって・・。」
 そこまで言って里奈は感極まったようで、声を詰まらせ
「・・・こんな事、今の河田くんに言ったってどうしようもないんだけど・・・。」
「里奈・・・。」
 ひょっとしなくても、里奈は見かけによらず、優しい心根をもつ女の子かもしれない。
 凉はすぐそばに、親身になって気にかけてくれる女性がいるのに、それには気付かなかったらしい・・。
(・・そうだ!凉の死を詮索してはいけなかったんだわ・・ヤバい所だった。もし里奈が色々知っていて、話してくれたら私、凉との約束を反故にしてしまう所だった・・。この件ではもう里奈と、話ができない。)
 ヒヤッとなった美咲は心の中でつぶやき、一方うっすら涙を浮かべてうなだれる彼女に、どう慰めの言葉をかけていいのかも分らず、黙って側にたたずんでいるのだった。
 それにしても、凉の過去は謎が多すぎる。
 里奈と二人だけで話をしたせいで、彼女に対する印象が少し変わった。
 ある人に対しては容赦しない所があるものの、一方では真剣に相手の事を心配するひたむきな思いを耳にしてから、彼女と一緒にいても、そう居心地が悪く思わないようになったのだった。
 気を取り直した里奈は、足が不自由でも何とか乗れるアトラクションを探し、午前中は二人で遊園地を回って楽しむ。
「・・・やっぱり記憶を失くしてからの河田くんって、男の子っぽさが取れてしまった感じがするわね。なんだか、女同士でここに来た気になるわ。」
 肩を落とした里奈に言われ、一瞬焦る美咲なのだが、まさか本当の女の子が中に入っているなんて思わないようだった。
 あっという間に昼ごろになり、
「いくらなんでも、あの二人を、ほっておけないわよね。ちょっと連絡してみようか。お昼に、パスタってどう?」
 と何気に里奈は聞いてくる。美咲がコクリとうなづくと、携帯を取り出し、電話をし始めた。美咲は電話したくっても、なぜだか河田家で携帯を持つことが許されていないので、持っていないのだった。
 耕太郎に至っては、経済的な問題で持っていないはずだった。
「綾香?今どこにいるの?え?クレージーヒュー・ストンに乗る所?・・・そろそろお昼じゃない?・・・うん。私たちじゃあハローJにでも入っているわ。・・・お昼スパでいいでしょ?・・・うん、わかった。じゃあ。」
 ほとんど一方的に要件を伝え、電話を切ると里奈はニッとわらう。
「クレージーヒュー・ストンに乗ったら、ハローJに向かうって。私たちは先に行ってようか。」
 里奈の誘いかけで、二人はパスタ屋に向かってゆくのだった。
 ちょうどお昼時なので、レストランはどこも混んでいる。少し並んで入り里奈はシーズンパスタを、美咲はカルボナーラを頼んで食べ、ほとんど食べ終わるくらいになって、やっと耕太郎と綾香が店に入ってくるのだ。
 そのころには昼を過ぎていて、客もまばらになっていた。
「ごめんなさーい。ここに来るの、迷ちゃって・・。里奈は何を食べたの?シーズンパスタ?じゃあ私もそうしよう。こーたろーは?」
(こーたろーだって・・。)
 その言い方は、美咲が彼に言っていた言い方とそっくりだった。なぜだか美咲はいい気がしない。
 綾香はここに来るまで走ってきたらしい。少し息を切らせて、魅惑的な瞳をキラキラさせ綺麗だった。
 美咲達と同じテーブルに座り、まだ立っていた耕太郎を熱い視線を込めて見上げる。
「俺?何でもいいけど・・。」
 と答える表情はごきげんで、まんざらでもないらしいのが、その表情でわかる。
 美咲はさらにダークな気分になる。
(お似合いじゃない。この二人・・。)
 無理やりにでもそう思って、美咲は二人に向かってニッコリ笑みを浮かべた。
「じゃあ。同じのしよー。」
 くすくす笑って店員を呼び、注文をすませると綾香は、里奈の方を向き
「里奈と河田君は、何に乗ったの?」
「別に。たいして乗っていないわ。綾香たちは?」
 里奈が聞くと綾香は口をとんがらせ、
「今日は休日でしょ?ほとんど並んでばかりだったわよねー。」
 と、耕太郎に問いかけてゆく。
「そうだな。」
 目を細めて答えるのだった。
 ・・・昼からは四人で回る。自然、美咲の車椅子を押す耕太郎の横には綾香。美咲の横には里奈がつく。
 綾香はともかく、耕太郎のにやけた笑顔を見せつけられてゆくうちに、なぜだかムクムク訳のわからない怒りが、込みあがってくるのはどうした訳か。
 それでもなんとか気の進まない一日は終わる。
 耕太郎と二人で駅のホームで綾香と里奈を見送り、ご機嫌な顔つきのままの耕太郎を見た時、フーセンがパチンと割れたように、美咲の中で何かの感情がはじけ飛んでしまう。
「早く押してよ!車いす!」
 耕太郎のそばにいるのがいやで、美咲はイライラと怒鳴り、出迎えの車に移ってからは一言も言葉を発しない。
 美咲の激烈な感情の変化に、ついて行けなくて、眉をひそめた耕太郎も売り言葉に買い言葉で、だんだん機嫌が悪くなってゆく。
 お互い何も言わず、自分の部屋に戻ってから、思った。
 バイトを休んでまで、美咲の願いを聞き入れてくれた耕太郎に『ありがとう。』の一言も、言わなかったのだ。
 ほとほと自分が嫌になってしまうのだった。
 どんより沈み込んでしまう美咲に、入浴とリハビリテーションの予定が組まれて、自動的に生活が進んでゆく。




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