第四章
『失くした鍵』第6話







 次の日の夕方、姿を消した母を探す耕太郎達と一緒に行動を共にした。
 表向きは、同い年で、仲の良かった耕太郎の悲しむ姿。混乱を起こして暴れる妹を介抱しながら、凉は、初めて心の平穏を、取り戻していた。
 けれど、忘れたようで無意識下では忘れるなんてできなかったのだ。
 幾夜となく悪夢にうなさた。
 昼間は理由のつかない庭への恐怖に震えが走り、突然感情の波が高くなって荒れだしたり、不思議な現象に悩まされるようになった。
 耕太郎と妹は、母が突然いなくなったことにより、河田家の中での立ち場がなくなるものの、凉の父の温情で、家にいることだけは許された。
 裕子がいなくなっても河田家に滞在する兄妹達のことを、母は”しつけ”と称して家の用事を言いつけるようになる。
 家中の掃除を言いつけた彼女は言った。
「子供といえども、ただでご飯を食べれると思ったら、大間違いですよ。
 凉と共にいるならば、あなた達には、人間としての根本から、やり直してもらわなければなりません。」
 あごを上げた姿勢で、上から目線で二人に言い渡した彼女のやり方に、さすがに反発してくれた従業員達がいた。
 彼等がコッソリと施す援助のおかげで、二人はなんとか暮らしてゆけるのだった。
 凉だって、耕太郎の仕事を手伝ったり、妹を部屋によんで、お菓子を一緒に食べたり、前のように三人で遊ぶことがなくなったとはいえ、彼らと会う機会があった。
 


 ・・・表面上は、何の問題もなく過ごす時間が流れていた。
 けれども、忘れてしまったとはいえ、深層意識下までは、その事実を消し去る事ができなかったのだ。
 犯した罪の罪悪感が、ゆっくりと凉の心をむしばんでいった。
 森で遊ぶなんて事は、とてもじゃないができなかった。屋根裏部屋へ足を向けるだけで、体が震えた。不眠も続いた。
 そして・・・。
 モヤモヤ感が抜けない。
 そのモヤモヤ感は、さらに凉を不安にさせた。
 荒れた感情の行き先が、よりによって、少しずつ女性の体に変化しつつあった瑠香に対して向ってしまったのである。
 天真爛漫な彼女は、警戒すら抱かず、凉に触られていた。
 凉は、そんな彼女に、罪悪感を持つものの、やめることができない。
 二人の秘密の時間は、どんどん深く濃密になっていった。
 そして・・・。
 とうとう一線を越えてしまう。
 関係は一年近くも続き・・・ある時、瑠香の体に変化が起こっているのに、凉は気づくのである。
 やせた体の下腹部に、不自然な膨らみがみられ、「このお腹、どうしたの?」
 と、聞こうにも、相手から返事は返ってこない。
 彼女自身、分かっていないようで、首をかしげるのみ。


 会うたびに、瑠香のお腹はみるみる大きくなってくる。そして、唐突に彼女が
「ここに赤ちゃんがいるの。」
 と、幸せそうな表情で言った時、凉の頭の中で何かがはじけた。
 どうしたら子供ができるのか。分かっていたはずだった。
 一線を越えたからには、その可能性を、考えておかなければ、ならなかった。
 頭ではわかっていたはずなのに、その事を本当には理解できていなかった凉は、この時皮肉にも、事実を突きつけられて初めて理解するのである。
 そして、パニックをおこした凉は、瑠香を屋根裏部屋に誘い込む。




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